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東京高等裁判所 昭和39年(う)1201号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮四月に処する。

原審および当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

<前略>

論旨第一点について。

所論は、原判決が、被告人は事故発生約四〇分後に事故を報告しているところ、「直ちに」の時間的長さについて、道路交通法第七二条第一項の目的に照して、合理的な余祐が与えられて然るべきであり、本件は、被告人が事故発生の報告をなし得るようになつてから、報告するまでの間に徒過した時間は、そのための所要時間を差し引くと、短かければ一〇分位、長くても二〇分を超えることはなかつたし、被告人は一時的な精神錯乱に近い状態に陥つており、事故発生後約五分にして、警察官は事故の発生を知つていたので、応急措置はいくらでも警察官において取りえたもので、結局前記法条の「直ちに」「報告しなかつた」場合に該当しないとして、被告人に対し報告義務違反の事実につき無罪を言い渡したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の適用に誤りがあるというのである。

道路交通法第七二条第一項の趣旨を道路交通法の道路における危険の防止と交通の安全、円滑を図ろうとする目的に照らして考えると、同条項前段は、交通事故があつた場合、事故発生に関係ある運転者等に対し、先ず応急の処置として救護等の措置を執るべきことを命じ、その後段は、運転者等に対し、右救護等の義務とは別個独立に、人身の保護と交通の取締の責務を負う警察官をして、負傷者に対する万全の救護と交通秩序の回復に、即時適切な処置を執らしめんがため警察官に対する報告義務を課したものと解するを相当とし、右趣旨からすれば、運転者等は交通事故があつた場合は、即時応急の救護等の措置を執り、警察官が現場にいないときには、同時に(現場に他の人がいる場合その他人に依頼する等して」または右応急の救護等の措置を講じた後「直ちに」(遅滞なく速かに)もよりの警察署の警察官に対し該事故の発生を報告することを要するものと解すべきところ、記録を調査し、かつ、当審における事実取調の結果によれば、被告人が本件事故発生後直ちに被害者の救護措置をとつたこと、その当時、被告人が本件事故を発生せしめたことについて衝撃をうけて精神的動揺を来していたことはこれを認め得られるが、原判決が認定するような一時的な精神錯乱に近い状態に陥つていたというほどではなく、また、もよりの警察署の警察官に対し本件事故発生を報告する意思を有しておらず、従つて、事故現場において自身からまた現場にいた他人との関係において受動的にも報告をしていないこと、被告人が無為に事故現場から約七〇〇米隔つた斉藤虎之助方に赴き同所で知人の斉藤昌勝等に説得されてはじめて警察官に該事故の発生を報告する気持になつたこと、もよりの警察署の警察官にこれを報告するに先立つて、被害者の入院である大沢診療所に立寄る予定で右斉藤虎之助方を斉藤昌勝運転の自動車にて出発したが、その途中、本件事故を生起させたのは被告人であることを探知し、被告人の所在を捜査していた当時今市警察署大沢駐在所勤務の巡査部長船田喜美治に右自動車を停止させられ、ようやく本件事故の発生を同巡査部長に報告するに至つたものであることを認めることができ、右諸事実からすれば、右船田巡査部長に対する本件事故発生の報告をもつて、道路交通法第七二条第一項後段の「直ちに」(遅滞なく速かに)これをしたものということができない。従つて、被告人の本件所為を同条項の「直ちに」「報告しなかつた」場合に該当しないとした原判決の解釈適用は失当であつて、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあることが認められるから、論旨は理由があり、原判決は爾余の論旨についての判断をまつまでもなくこの点において破棄を免れないものである。<以下省略>(裁判長判事加納駿平 判事河本文夫 清水春三)

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